R&D統括担当 新保 仁男 博士(工学)

東京都出身。2008年、東京工業大学大学院工学研究科有機・高分子物質専攻博士課程修了。ポスドク研究員として研究に従事した後、2009年にパナソニックの研究職として入社。2012年からは同社にて新規事業開発に従事。2022年6月にAWL株式会社に転職。R&D統括担当としてAIの社会実装を推進中。

AIに対する漠然とした不安を取り除くための倫理ガイドラインを。

2022年、AWL株式会社は「AI倫理ガイドライン Ver1.0」を制定。今後、時代の変化や国際動向、技術革新などに合わせて、適切に改定していきますが、現状の項目は「1.人間中心のAI社会の実現」、「2.法令遵守」、「3.AIの適性な利活用」、「4.安全性とセキュリティの確保」、「5.プライバシーへの配慮」、「6.公平性の尊重・非差別」、「7.透明性等」、「8.AIの発展と人材育成」の8つで構成されています。

「近年、欧米を中心にAI技術の透明性や説明責任を重視する傾向が強まっています。というのも、AIの性能が高まっていくにつれ、社会的に正しくない用途や法の網をかいくぐる手段として悪用されてしまう恐れもあり、安心して利用するためにはバックボーンを追求することも使命の一つになっているからです」

こう説明するのはR&D統括担当の新保仁男さん。AI技術の開発に携わる一人として、人と人とが一緒に暮らすための正しさと同様に、「人間中心のAI社会における正しさ」とは何か常に考えていると表情を引き締めます。

「AIは様々なサービスの下支えをする存在であることから、インターネットやクラウドをはじめとする日常生活のあらゆる場面で利用されています。このような現実の中で、自身の画像や会話がAIを通じてどこかに蓄積されているのではないかといった漠然とした不安感があります。また、いずれ忌避されてAIの普及が頭打ちになってしまうのではないかといった懸念が生じます。AI普及を推進する私たちが少しでもその不安を取り除き、安心して利用してもらうために倫理ガイドラインとして行動を定義することは重要ミッションであると思います」

プライバシーはもちろん、非差別・公平性にも徹底的に配慮。

AI技術を開発する上で、法令を遵守することは大前提中の大前提。AWLは、さらにグレーゾーンとされる学習データについてもプライバシーを侵害しないように細心の注意を払っています。

「AIがプライバシーに配慮していないデータを含んだ状態で学習を行ってしまうと、後からそれらを取り除くことは非常に困難です。当社では時間とコストをかけてでも、許可を取得した学習データやライセンスが明確なオープンデータ、利用目的に同意いただいたデータしか用いません」

プライバシーやセキュリティに対しての倫理観を持った開発を行うだけではなく、非差別・公平性についても最重要視します。AIは近年急速に発展を遂げてきた技術分野だからこそ、ポリティカル・コレクトネスのへの対応が十分になされていないところも考えられ、新保さんは対応にコストがかかるとしても社会的に正しくあるべきだと考えています。

「学習データを恣意的に偏らせると、人種や国籍、信条といった要素によってAIが歪んだ判断を行わせてしまう恐れもあります。私たちは差別を助長してしまう恐れがあるような開発を決して許さず、特定のグループやマイノリティが不利益を受けるようなこともあってはならないと、肝に銘じなければなりません」

AIのフィールドに限らず、ポリティカル・コレクトネスは時代の変化に伴って変わっていくもの。「時代と最先端の技術に対応すべく、当社のAI倫理ガイドラインも適切に改善していきたいですね」と新保さんは語ります。

AI倫理の「哲学」を全社員に浸透させることも大切なポイント。

新保さんが哲学や社会に対する考え方にも通じるAI倫理と向き合っているのは、これまでの経歴にも関わりがあります。それは国内指折りの大手電機メーカーに入社後、新規事業開発のミッションを背負い、アメリカに渡った時のこと。

「アメリカでさまざまなプロジェクトに携わらせてもらいました。その一つには、MITメディアラボ(マサチューセッツ工科大学 建築・計画スクール内に設置された研究所)との共同研究があり、命題であるコミュニティづくりについての議論や、人間同士が付き合うための倫理やポリティカル・コレクトネスを考えさせるケースが多かったわけです。こうした経験がAI倫理との向き合い方にプラスに働いています」

新保さんは大手電機メーカーから、2022年6月にAWLにジョイン。巨大組織では仕事が細分化され、各事業の全体像が見えにくいこともあり、もっと顧客のそばでオールラウンドに活躍できる環境を求めてのことでした。

「AWLのエッジAIは、平たくいうとその場、その場に即した性能を発揮させることが得意分野。ただ、私は単なる機能を超えて『お年寄りが多い場所ではこのような接し方をする』といった環境への最適化も実現したいのです。つまり、倫理観を携えたエッジAIを手がけることで、顧客からの評価も高まると考えています」

そのためには、AI倫理ガイドラインの考え方や哲学を社員全員に浸透させられるかどうかがポイントだといいます。

「前職では創業者の経営哲学を唱和する慣習がありました。もちろん、若手のころはただ口に出すだけでしたが、年数を重ねると『やはり意義のあることを言っているな』と(笑)。AWLのAI倫理ガイドラインを唱和させたいわけではありませんが、言葉にすることで行動が適切に変わることもあると思いますし、それが社員に浸透し、AWLのDNAになっていくことを願っています」